災害時のレクリエーション支援
 レクリエーション・ボランティアに関するノウハウ  まとめ・報告
レクリエーション・ボランティアに関するノウハウ 

まとめ・報告

公開日
2020年9月4日
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2013.4.18 「3.11を振り返る」②
抑えていた気持ちを開いてもらうのにレクが役だった
佐藤淳子さん


岩手県紫波町のレクリエーション・コーディネーターで、岩手県レク協会の支援活動に取り組む佐藤淳子さん。震災後、一人で避難所を訪問し、レクリエーションによる支援活動を行っていました。

佐藤さんの住む紫波町は内陸に位置するため、震災による大きな被害はありませんでした。しかし、親戚が住む山田町と陸前高田市は津波により大きな被害を受け、行方がわからなくなってしまった親戚もいました。このため、震災後は都合がつくと被災地に行き、行方不明の親戚を捜したそうです。

そうして被災地を歩くうちに、いくつかの避難所も訪れました。避難所では、日中、身内を捜して歩いたり、炊き出し、支援物資の配給などを手伝う人がいる一方で、避難所に残り、魂が抜けてしまったように下を向いたままの人もいました。佐藤さんは、「このままだと身体にも良くない」と感じ、「手足だけでもいいから動かし、声を出すような機会をつくらないと」と思っていたそうです。そこで、佐藤さんの親戚が関わる山田町のある避難所で、支援活動を始めました。

避難所でのレクリエーション支援というと、支援物資を並べたりする施設の中の共有スペースで行うことが多いのですが、佐藤さんは被災者のみなさんが寝起きしている生活スペースで活動をしました。初めての避難所では、「肩でも揉みましょうか」といった感じで、一人ひとりにアプローチしていきます。「ただ触っているだけよりもいいでしょ」と声をかけ、隣の人にも広げていきます。佐藤さんは「岩手県民の歌」に自分で身体の動きをつけた体操をつくっていました。その時のエピソードなどを話し、それをまわりの人たちにも聞いてもらいながら、雰囲気づくりをしていきます。そして、佐藤さんのやっていることをまわりの数人の人たちが一緒にやり始めると、「その場所でいいですからね」といいながら、みんなでストレッチや体操をします。

しかし、初めての場所はどこでも緊張するもの。一人ひとりに声をかけていくと、時には「ほっといてください」、「あんたには俺たちの気持ちはわからない」と言われるときもあります。それでも、「(震災後)身体を動かすのは初めてだ」と喜ばれたり、「見せる、聞かせるっていうの(支援活動)はたくさん来るけど、一緒にやるのは初めてです」といった声が励みとなり、田野畑村や山田町、陸前高田市などの被災地、また雫石町や紫波町などの内陸の避難所などをまわり続けました。

佐藤さんは支援活動の際に、「笑って、声を出してもらう」ことを心がけています。グーとパー、左右の手を入れ替える手遊びや、グーを団子、パーを皿に見立てて、二人でお互いの皿の上に団子をのせ、歌に合わせて入れ替えるような歌遊びをして、間違っては笑い、「難しいね」などとお互いに話しをする機会をつくります。また、避難所のテレビから流れてくるNHK「みんなの歌」や有名な歌謡曲にあわせた体操やストレッチもつくって、いつでも気軽に身体を動かしてもらえるようにしました。日中の避難所は高齢者が多く、また津波に流されケガをされた方もいたので、座ってもでき、緩やかな動きの体操になるように工夫もしました。

ある避難所では、体操をつけた「岩手県民の歌」の歌詞を障子紙に書いて、ボランティア活動に来ている人も一緒に、みんなで声を出して読んだそうです。すると、ふるさと岩手を謳った詞に涙する人がいて、その涙がまわりの人にも伝播していったそうです。被災者のみなさんは、「避難所では笑えるけど、怒ったり、泣いたりはできない」といい、「今日は皆で気がねなく泣いた。本当にありがとう」と声をかけてくれました。

避難所での支援活動は、回数を重ねていくうちに、待っていてくれる人がいるほどになり、最初は「ほっといて」と言った方からも「また来てください」と言ってもらえるようになりました。佐藤さんは、「被災者の方が少しでも前向きな気持ちになってくれたり、抑えていた気持ち、心を開いてもらえる活動を続けるためにもレクリエーションが役立った」と話してくれました。
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